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長崎街道

内野宿から冷水峠を越えて
~峠道に残る石畳~

 筑前六宿のひとつ内野宿は、内野太郎左衛門重信が治めた土地で、約300年前に福岡藩主 黒田長政の命を受けて整備した冷水街道に開いた宿場町でした。江戸の面影を、今なお感じることができる数少ない町並と峠の風景から、道がつないだ歴史に想いを馳せることができます。
内野宿友遊館「長崎屋」
▲内野宿友遊館「長崎屋」

 JR筑前内野宿駅を下車し、ログハウス調の駅舎から続くのどかな道。先をしばらく行くと、武士が泊まる宿として暖簾をかけた下茶屋の長崎屋がありました。今では内野宿友遊館「長崎屋」として一般に公開され、旅人が疲れを癒す休憩所となっています。街道沿いには両替商の小倉屋、麹屋、松屋などが並び、毎週木曜と日曜日には特産品を販売する「ふれあい市」を楽しみに訪れる人たちの笑顔が集まります。 

 街道から辻道を曲がった先には、本陣跡の目印なる樹齢約400年の大銀杏があります。連なる山々を背景にして、一面に広がる田畑と大銀杏の傍を流れる小川のせせらぎは、昔話の絵本を読むような、どこか日本人の郷愁を誘う風景です。

冷水峠の石畳
▲冷水峠

 では、冷水峠へ向かいましょう。国道200号線沿いの大根地神社の荒田の鳥居を目印です。峠道を入ると、江戸時代に整備された石だたみがそのまま残っています。踏みしめる石だたみは、旅人の心細さを勇気づけ、街道の誘導してくれる案内人のように先を標してくれました。さらに、小川に架かる石橋付近にさしかかると、日本庭園と見間違うほどに静寂で苔むす緑が美しい自然の景色に心を奪われます。かつてこの道を通ってオランダ商館医師シーボルトや日本地図を作った伊能忠敬、坂本龍馬、大名たちが江戸へと向かって進みました。
 シーボルトが冷水峠を越えたのは1826年2月20日、寒いどしゃ降りの雨だったといいます。

次は、山家宿をまいります


長崎街道を歩こう!

【内野宿】
○江戸時代の国名/筑前国
○現在地/福岡県飯塚市内野宿
○アクセス/
  電車…JR筑豊線<筑前内野宿駅>を下車
  車…福岡市街から八木山バイパスを経由して約60分
○まつり/ふれあい市(毎週木・日曜)特産品を販売

【冷水峠】
○現在地/福岡県飯塚市と筑紫野市の境
○アクセス/ 車…国道200号線沿いの「大根地神社 荒田の鳥居」から入る

【写真&資料】
飯塚市 商工観光課

【参考】
飯塚市役所HP http://www.city.iizuka.lg.jp/
飯塚市観光ガイドマップ
『江戸参府紀行』 斉藤信訳 東洋文庫

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