長崎街道

中原宿へ
~まちの歴史を物語る建物と食べ物~

 中原宿のある佐賀県三養基郡みやき町は、北西に背振山系、南に佐賀平野の田園風景を望む鳥栖市から佐賀方面へ向かう途中の町です。この辺りにはかつて、泉屋・長崎屋・松坂屋・大阪屋・岡崎屋・桜屋と6軒の旅籠屋がありました。今では岡崎屋だけが名残を残し、宿場町として賑わった当時の面影を垣間見ることができます。岡崎屋の二階の手すりに透かし彫りされた「中原駅岡崎屋御定」という文字が残っています。多くの旅人がここで長旅の疲れをとっていたのではないでしょうか。今でも多く歴史を表すものが残る中原宿を歩いてみましょう。
中原駅岡崎屋御定と刻まれた2階手すり
▲中原駅岡崎屋御定と刻まれた2階手すり
中原駅岡崎屋御定と刻まれた2階手すり
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  みやき町にある風の神様を祀る神社として有名な綾部神社では、祝いのぼたもちとして知られる「綾部のぼたもち」が食べられます。その起源は約800年もの前、鎌倉時代に源頼朝の奥州征伐に従った地頭の綾部氏が地元に戻った時の凱旋祝いとして里人たちがたくさんのもちを搗き、振る舞ったことに始まります。
  もともとは味噌をまぶしていたらしく、小豆あんになったのは100年くらい前からだといいます。今では勝ち戦の縁起にあやかろうと、中高生などが部活動の試合前に食べに来ることも多いとか。やわらかい一口大のもちに、たっぷりとまぶしたこしあんのほどよい甘さが好評で、地元のみならず、県外から買いに来る人もいるそうです。
  またこちらでは春には桜やツツジの名所として、ほかにも境内にある樹齢700年の公孫樹に旗を立て風になびく様子で風水害を占う日本最古の天気予報などの神事も多数行われ、見物客を楽しませています。

綾部のぼたもち
▲綾部のぼたもち

 

  江戸時代の紀行文に見られる中原宿については、例えば「日本誌」を書いて、長崎・江戸を往復したオランダ商館のドイツ人医師ケンペルが「平坦な砂をまいた気持ちの良い道路が、神崎から轟木まで続き、中原を出て一時間半ほどすると右側に久留米城が見えた」と記述しています。このほかにもシーボルトも旅の休憩の地として訪れたようです。
  街道沿いの中原宿より500mほど西に寒水村(しょうずむら)があり、この周辺は「地蔵町」という地区名がついているほど江戸期の地蔵尊が多く祀られています。江戸時代は地蔵信仰が全国的に流行する時代ですので、旅人が旅の祈願をしていたようです。もしかするとケンペルやシーボルトもお祈りをしたかもしれませんね。
  中原宿には、ほかにも歴史を語る古墳や遺跡などが多く残ります。街道沿いにはありませんが、綾部のぼたもちは、訪れたら一度は食べておきたいお菓子ですね!

次は、神崎宿へ参ります。


長崎街道を歩こう!

【中原宿】
○江戸時代の国名/肥前国
○現在地/佐賀県三養基郡みやき町
○アクセス/
  電車…JR長崎本線中原駅から徒歩約20分
  車…九州自動車道・長崎自動車道東脊振ICから車で15分、鳥栖JCTから車で20分
○まつり/お粥だめし(3/15)、綾部神社旗上げ神事(7/15)、千栗神社名越まつり(8/1)、江見沖神事(9/12に近い日曜)、千栗八幡宮放生会(9/15)、千栗八幡宮浮立行列(敬老の日前日) 、白石焼陶器まつり(9/21?25)、綾部神社行列浮立(9/23) 、綾部神社奉納相撲・旗下ろし神事(9/24) 、宇佐の宮浮立、西の宮浮立、矢俣の宮浮立(10/20に近い日曜日)

【岡崎屋】
○所在/佐賀県三養基郡みやき町
○アクセス/
  電車…JR長崎本線中原駅から徒歩約20分
  車…九州自動車道・長崎自動車道鳥栖JCTから車で20分

【綾部神社】
○所在/佐賀県三養基郡みやき町綾部
○アクセス/
  電車…JR長崎本線中原駅から徒歩約15分
  車…九州自動車道・長崎自動車道鳥栖JCTから車で20分

【参考文献】
『長崎街道を行く』 著/松尾卓次 発行/葦書房
長崎街道~長崎街道を活かした地域づくり~HP
みやき町HP
みやき町商工会HP
みやき町史
佐賀県民だより 佐賀県危機管理・広報課

【写真&資料】
写真&資料提供 みやき町役場
            みやき町教育委員会